プロジェクト 1/20,000

世界80カ国、20,000件を超えるプロジェクトを遂行してきた日揮。
そんな日揮が実際にどのようにプロジェクトを遂行してきたのか、その一例を受注から完工まで流れを追って紹介します。

顧客の予想をはるかに上回る超短納期を実現。日揮の実力を世界に証明した大型製油所建設プロジェクト。

プロローグ

A国の南東約150kmに位置する工業団地。海に面したこの新興工業地帯は、発展途上にあるA国経済を象徴する存在といっていいだろう。当時のA国の発展ぶりは前年比12.3%という、めざましい経済成長率に現れている。勤勉な国民性と近代化への飽くことのない熱意。おしよせる工業化とモータリゼーションは、ガソリンや軽油をはじめとする石油製品の国内需要を飛躍的に伸ばしていた。しかしその一方で、インフラ整備の立ち遅れから需要に供給が追い付かない面も目立ちはじめ、石油製品の大幅な供給不足が取り沙汰されていた。こうした状況下、この工業団地の一角に、大型石油精製プラント建設の話が持ち上がる。プラントのオーナーは大手石油会社とA国石油公社との合弁会社として、A国内の石油製品自給率を一挙に引き上げる大規模な石油精製プラントの建設計画である。この当時、大手石油会社は新しい市場開拓を積極的に推進し、アジア戦略の次の拠点としてA国を選択していた。一方、A国では複数の製油所計画が進められており、他社に後れを取らない意味でも、大手石油会社はこの計画を早急に具体化させる必要に迫られていた。250ヘクタールの広大な敷地に、日産13万バレルの石油製品を生産するプロジェクト。計画が公になるとプラント業界の関心は、どこのエンジニアリング会社がこのプロジェクトを受注するかに集まった。

受注に向け水面下で続くライバルたちとの競争。

日揮では、本プロジェクト受注に向けての活動が開始された。この当時、これほどの規模を持つ案件は他になく、競合先として日米の大手エンジニアリング会社をはじめ、韓国企業など手ごわいライバルが数社参加していた。大手石油会社は日揮の30年来の顧客である。なんとしても受注を勝ち取りたい。そのためには、持てるノウハウを結集して、顧客が驚き、ライバルに圧倒的な差をつけるスケジュールやコストの提案を行う必要があった。全社を挙げての必注体制がとられる中、プロポーザル(見積提案書)に盛り込む内容を検討する技術的な調査や打ち合わせが水面下で続く。

顧客の想像を超える超短納期の提案。そして受注へ。

入札書類を分析すると、大手石油会社が考えている工期は33~36カ月。今回はプロジェクト全体をFEED作成役務と設計・調達・建設役務の2つに分けた分割発注方式が採用され、FEED部分はすでに別のエンジニアリング会社により業務は終了している。今回の受注に成功した企業は、まずFEEDの仕様にもとづきプラント全体の完全な基本設計を行う。そのあとは、プラントに必要な機器や、配管、電気設備、制御システム、ビルディングなど製油所内全設備の詳細設計をおこし、並行して必要な機器や工事用資材をベンダーに発注する。そして最終段階が現地における建設工事となる。また、A国内の官庁申請、ファイナンス提供などの、さまざまな仕事も受け持たなくてはならない。契約内容とプロジェクトの基本計画を照らし合わせて検証を重ね、日揮はついに一つの結論に到達した。「本プロジェクトは日揮にとって未経験部分が一つもない極めてオーソドックスな石油精製プラント建設工事である。そのためアレンジ次第でプロジェクト実施期間を大幅に短縮することが可能である。プロポーザルでは設計から完成までの期間を29カ月とする」。XX04年9月20日、日揮は本プロジェクトの受注に成功した。スタートからフィニッシュまで29カ月。それは大手石油会社の予想をはるかに上回る超短納期であったが、その実現性を裏付けるプロジェクト遂行案と組織編制などの充実した提案内容により、顧客から査定ナンバー1の評価を受けたのである。大手石油会社本社にて行われた正式調印を皮切りに、A国の合弁会社主催による受注式典。プロジェクトはついに走り出した。超短納期29カ月というキーワードとともに。

同時並行で進められる設計業務。超短納期実現への火ぶたが切られた。

顧客と約束された29カ月後のプロジェクト完成日はXX07年3月3日だ。受注の喜びもつかの間、日揮の横浜オフィス内には、急遽本プロジェクト専任の大型チームが結成される。基本設計を担当するのはプロセス設計担当を中心としたエンジニアたち。ここではFEEDで示された基本データをもとに、製油所全体の基本設計を詰めてゆく。この製油所の主役は常圧蒸留装置(CDU)や減圧蒸留装置(VDU)といった高さ60メートルにもおよぶ蒸留塔である。これらが原油を分流し、ガソリンやナフサ、軽油などの製品を生み出す。さらに、残渣油をガソリンへ変換する残渣油接触流動分解装置(RFCC)などさまざまな機器が林立する。それらの機器をつなぎ、取り巻く配管群。高温の油を冷却する巨大なエアフィンクーラー。こうした主要機器エリアはオンサイトと呼ばれ、プラントの中央部にまとめられている。その周囲にはタンカーで運ばれてきた原油や、出来あがった製品を貯蔵するタンク群が広がっている。こうした備蓄設備や電気、水などを供給する付帯設備をオフサイトと呼ぶ。オンサイトとオフサイトは互いに配管でつながれ、各機器や配管にはケーブル、計装機器が網の目のごとく取り付けられている。プロセス設計部門では、この巨大で生き物のごとく複雑な施設全体を検証し、化学反応のプロセスに沿って整合性のある基本設計図へと置き換えてゆく。設計が進むにつれ、FEEDの中に多くの矛盾データを発見。これらの見直し作業に相当の時間を費やす。問題を解決しながら、P&IDと呼ばれる主要設計図が1枚、また1枚と仕上がってゆく。今回のプロジェクトでは29カ月の超短納期を考慮して、設計が十分に進まないうちから、納入に時間がかかる機材をベンダーに発注しなくてはならない。この方法だと最終図面と実際に現場に到着した機材の仕様が異なるというリスクを負うことになる。そのことも充分に配慮しながら、関連セクションとの、綿密な打ち合わせを重ねる。プロセス設計スタートから、2カ月という異例の短期間でCDU/VDUの蒸留塔の発注にこぎつける。そして11月の時点で仕上げたP&IDは約1,000枚以上。驚異的なスピードである。

日に日に変わる風景。何もない更地にプラントの礎が築かれていく。

建設現場ではいよいよ建設工事が開始される。オフサイトのタンク基礎工事を手はじめに、5月には日揮のコンストラクションマネージャーが現地入りし、工事が徐々に本格化する。何もない更地に、まず道路や下水排水設備の基礎工事から着工。仮説現場オフィスも完成し、日に日に建設現場らしくなっていく。しかし工事の初期段階は土木工事が主体であり、雨の日は大半の工事を中断せざるを得ない。本格的な雨期到来の前に、排水施設の設置作業を急ピッチで進める。一方、横浜では土木の詳細設計がピークを迎えていた。土台となるコンクリート基礎の図面が、続々と建設現場へと送られてゆく。しかし、A国では5月中旬からはじまった雨期のため、工事全体が思うようにはかどらない。6月は30日中18日が雨。それでも先月より少ないくらいだ。仮設発電所が発電を開始。7月になると、雨の合間をぬって土木工事がピークを迎える。8月には遅れをとりもどすために、1カ月数万立方メートルという記録的な量のコンクリートが打設された。同じ月に、桟橋工事用のくい打ち船が故障し、全体の工程への影響が大問題となる。急遽、別の船をアレンジし、このトラブルを乗り切った。10月にはヘビーカーゴと呼ばれる巨大な輸送船の第一便が到着。建設工事現場にCDUの常圧蒸留塔、脱エチレン塔をはじめとする主要機器が陸揚げされる。この月から、貯水池、パイプラック、電気室、タンク塗装など工事項目が大幅に増加した。同じエリアで複数の工事が同時に集中する場合、工事の効率と安全対策のため工事手順とスケジュールの再調整が必要となる。工事人員数は7,000人前後。決められた納期を守るために、徐々に仕事がハードになってくる。雨期明けの12月、VDUの減圧蒸留塔、流動接触分解装置メインカラム、プラットフォーマーなどを載せたヘビーカーゴの第2便が到着し、建設工事現場はかなりにぎやかになってくる。

詳細設計がピークをむかえる中、予想だにしない天災。

横浜では配管、電気、計装の各詳細設計がピークをむかえている。一方、現場サイドは遅れをかなり取り戻し、いくつかのトラブルを除けば比較的順調なペースの建設工事を続けていた。また、大型主要機器の据付けがほぼ完了し、風景も少しは製油所らしくなってきた。そんな状況下でおきた天災。予定されていた港からの配管材料の積み出しが不可能になる。急遽、港を変更するが、一部配管材料の再発注が必要になり、結局2カ月の遅れを余儀なくされる。横浜では配管工事用の図面発行もピークをむかえている。大量に流れ始めた工事用図面に対応して、現場では手狭になってきた現場内の配管溶接加工設備を増設。本格的な配管工事への遂行体制を急ピッチで整える。この月、工事人員数は8,500人を上回る。

1万を超える工事人員。全貌を現し、鮮烈な輝きを放ち始めるプラント。

遅れていた配管工事がフル稼働体制に入る。建設工事はここからが後半戦だ。これまで続いてきた電気・計装工事は順調に進展しているので、特に心配の必要はない。工事スタッフのマンパワーを配管にまわし、配管の遅れを取り戻すハードな数カ月が続く。オンサイトにそびえたつタワー群と、それをとりまくように居並ぶオフサイトのタンク群。その間を配管が這い回るように幾重にも設置されてゆく。毎日のように新しい配管が取り付けられ、かつてP&IDに描かれた二次元のプラントが三次元の巨大な構築物として、その全貌を現し始めた。真新しいステンレスや塗装の表面が、A国の強烈な日差しを浴びて鮮烈な輝きを放つ。工事スタッフたちの表情には、必死な中にも「カタチになってきたぞ!」という喜びが浮かぶようになってきた。7月になるとエアフィンクーラーや高圧熱交換器などの遅れていた機材が到着。8月には、電気・計装工事がピーク状態となり、工事人員総数が1万人を超え、とうとう本プロジェクトの最高を記録した。

顧客へのハンドオーバーへ向け、プラントに命を吹き込んでいく。

そろそろハンドオーバー作業がはじまる。ハンドオーバーとは完成したシステムを顧客に引き渡すこと。しかし巨大な複合装置の集合体である製油所は「はい、これで完成です」と顧客に引き渡せるような簡単なものではない。本プロジェクトでは製油所の全施設を機能別に605のシステムに分割。完成したシステムを、日揮側と客先側の双方立会いのもとに、必要なチェックと検査を実施し、順次ハンドオーバーする方式を採用した。一つのシステムの例としては「流動接触分解装置、冷却水システム」「1号ボイラー、蒸気発生システム」などの大型システムから、1本の配管のみというシンプルなものまであり、それぞれが一つの独立した機能としての役割を果たしている。システムによっては、別のシステムがハンドオーバーされた後でなくては立ち会い検査が不可能なもの、あるいは一つのシステムのおくれが10カ所以上の他のシステムに影響を与えてしまうものなど、複雑に因果関係が絡み合う。今までは現場スタッフにとって工事進捗率のアップが最も重要な目標であったが、今後はいかに効率的なハンドオーバーが実施できるかが29カ月の納期を守るための重要なポイントとなる。ハンドオーバーは計画通りのペースで進められ、年末までには約100システムを完了することができた。年が明け、29カ月目を目前に、最後の追い込みに拍車がかかる。いよいよ大詰めの2月に突入。最終チェックをパスできないシステムの改善に相当な時間とコストを消費する。もし、29カ月目の3月3日に、メカニカルコンプリーション(完成を意味する全システムをハンドオーバーした状態)にできなければ、日揮には遅延ペナルティーが発生してしまう。本製油所は完成すれば1日あたり数十万バレルの原油を精製する能力を持つ。数十万バレルの石油製品には数億円の価値がある。逆にいえば、メカニカルコンプリーションの遅れは、製品の生産開始を遅らせ、客先にとっての損失につながるのだ。そのため、日揮には一日遅れるごとにペナルティーを支払う義務が課せられている。3月3日は刻一刻と近づいている。進捗率でいえば100%までの最後のコンマ1%以下の完了に向けて、全スタッフが知恵と力を振り絞る。ゴールは近い。

完成。そして世界初の無事故・無災害記録を達成。

全システムのハンドオーバー完了。プロポーザルで提案し、約束した29カ月のメカニカルコンプリーションを、当時世界初の無事故・無災害記録とともに達成。本プロジェクトはここに完了した。

エピローグ

環境に配慮した上で顧客の求めるプラントを完成し、産油国の発展にも貢献。世界をよりよいものへ。これがエンジニアリング会社の果たす社会的使命。

本プロジェクトの成功は、A国と日揮の双方に大きな実りをもたらした。この製油所の操業は、A国におけるガソリンおよび灯軽油の需要増加に対する供給のバランスを緩和し、ひいてはA国経済の活性に多大な貢献をしている。環境面に関していえば、この製油所に備えられた深度脱硫装置に代表される装置類は、世界でもっとも厳しい環境規定であっても充分にクリアできる仕様となっており、これは特に近年ひどくなっているA国の空気汚染を解消する手助けとなる。また、建設中はピーク時で約1万人の現地スタッフを雇用し、このことはA国に大きな経済効果をもたらした。中でもマネジメントスタッフとして我々からマネジメント技法を学んだ人々はそのノウハウを生かし、今後A国をさらに発展へ導くだろう。さらに、このプロジェクトでは多くの機器を現地メーカーに発注し、その際には日揮による数多くの技術支援が行われた。こうした意味において、プロジェクトを通じ、真の技術移転がなされたものと確信する。このプロジェクトが29カ月という超短納期で成功に終わったことは非常にうれしくそして名誉なことである。日揮が積み上げてきたノウハウと最新のテクノロジーをもって挑戦し、プロジェクトに参加したすべてのスタッフの実力と熱意によってこの快挙が成し遂げられた。現状にとどまることなく、さらなる躍進を志向すること。これこそがエンジニアリング会社の社会的役割なのである。